ミュージックシーン                      野瀬百合子

 夏のヨーロッパ旅行の楽しみといえば音楽祭巡り、今年も沢山の方が楽しまれたことでしょう。
 二十数年前の夏、主人と私はザルツブルクを訪ねています。八月のある朝、私達を乗せた個室寝台車「ワゴン・リ」はザルツブルク駅に滑り込みました。パリから半日、木製の美しい車両に乗っての旅でした。ザルツブルク駅に降り立った私達の目的は二つ、それは、モーツァルテウム音楽院で夏期講習の講師を勤めるM・H教授のレッスンを受けること、そして、有名なザルツブルク音楽祭を鑑賞することでした。
 インターネットはおろか、家庭用ファックスも無い時代、音楽祭のチケット入手は大変困難だったのですが、ラッキーなことに、私達にはチケットの予約をして下さるザルツブルク在住の知人があったのです。
 ホテル予約手段は勿論手紙。私達のたどたどしいドイツ語の手紙に親切な返事をくれたホテル「ガストホフ・リーデンブルク」は、繁華街から外れたのどかな町並みの中にありました。古い石造りの建物でしたが、部屋は清潔で居心地が良く、おじさんは言葉の良く解らない私達にとても親切でした。一階は近所の人の集うレストラン、庭のテーブルで食べたキャベツのスープは絶品でした。
 第一の目的であるレッスンを受けた後は、音楽祭の鑑賞と観光にいそしむこととなりました。モーツァルトの生家、大司教の夏の離宮・ヘルブルン宮殿、ホーエンザルツブルク城等々を見て歩き、夕方ホテルに帰って、ドレスアップして祝祭劇場へ。
 祝祭大劇場でリヒャルト・シュトラウスのオペラ「影の無い女」を見、フェルゼンライトシューレで「ウィーンフィル・コンサート」を聴きました。「影の無い女」は、曲も演奏も素晴らしく、強い印象を受けましたが、日本では知られていないオペラであった為、物語の展開が良く解りません。幕間に一生懸命プログラムを読んでも解らず、ホテルに帰って辞書を持ち出しても難解でお手上げ、結局、帰国後の宿題となりましたが、楽しむ為にも予習が必要とつくづく感じました。
 「ウィーンフィル・コンサート」の会場、フェルゼンライトシューレは、映画「サウンド・オブ・ミュージック」でトラップ・ファミリーがエーデルワイスを歌う舞台。自然の岩を壁面に利用したホールで、晴れている日には屋根が開き、空が見え
るのです。この日、コンサートの途中に街の教会の鐘の音が入ってきて演奏と重な
り、何ともいえない素敵な瞬間を作っていました。
 一昨年、主人は冬の音楽祭に参加する読売日本交響楽団の一員としてザルツブルクを訪れ、祝祭劇場で演奏しましたが、空き時間に懐かしのホテルを探しに行ったと言っていました。今もホテルの看板が掛かっていたとのこと、二人でいつか訪れたいと話しています。

野瀬百合子(コンセール・パリ・トーキョウ主宰)
東京芸術大学ピアノ科卒業後、パリで研鑽を積む傍ら、ドイツでも室内楽を学ぶ。
1997年コンセール・パリ・トーキョウを設立し、日仏音楽交流の為の演奏会・公開レッスンを開催。読売日本交響楽団ホルン奏者の夫との間に大学生の一男一女。特技:言葉が話せない土地でも、メニューだけは理解し、美味しい物を食べること。

GASTHOF RIEDENBURG 
Neutorstrasse 31 
Phone 0662/830815

ホテルジャンキーズ33号(2002年8月25日発行)掲載分

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